ひとつに繋がった「JAPAN」
東京五輪のスタートラインへ

2018年07月24日



文:永塚和志/写真:大澤智子

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 7月2日、運命のFIBAワールドカップ2019 アジア地区1次予選、チャイニーズ・タイペイ戦を前に、コート上ではAKATSUKI FIVEの面々が粛々とウォームアップを行っていた。

 その様子をコートサイドで見守る東野智弥(日本バスケットボール協会 技術委員会委員長)から、スマートフォンの画面を見せられた。それはそこから3日前、千葉で行われたオーストラリア戦開始前の国歌斉唱時に整列する日本チームを後方から撮った写真だった。

 「今まではここの間に隙間があったんですよ」

 東野が指し示したのは、隣り合って並ぶ富樫勇樹とフリオ・ラマスヘッドコーチの間だった。写真を覗き込むと、他の選手たちがそうするように、富樫とその右隣のラマスも肩を組んでいる。コーチ陣とも肩を組みたい。富樫がそう提案したことで、文字通りチームがひとつに繋がった。ラマスはその写真を見ながら、東野にそう強調したのだという。

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 そんな結束力がどれほど効果をもたらしたかはわからないが、日本代表はチャイニーズ・タイペイに40点差の大差をつけて勝利を収め、無事、1次予選突破を果たした。

 予選開幕から4連敗を喫し、窮地に立たされた。そこから、オーストラリアからの歴史的な勝利を含めて2連勝。最後のチャイニーズ・タイペイ戦は大勝したとはいえ、東野の気持ちはおそらく、終了のブザーが鳴るまで緊張していた。

 「どれだけプレッシャーがあったか言えないくらい。今日も水をペットボトル3本くらい飲みました」試合後、彼はそう言った。

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©K.MINATO

 日本バスケットボール協会(JBA)は一時国際バスケットボール連盟(FIBA)から資格停止を受け、大改革に取り組んできた。その中で男女代表チームを始めナショナルチームの強化担当のトップとして東奔西走してきたのが東野だった。

 早稲田大学大学院の修了論文ではアルゼンチンバスケットボールについて書いたこともあって、2020年東京五輪への出場権獲得の実現へ向けて同国の名将、ラマス氏を三顧の礼を持って迎えた。

 だが、振り返れば危ない橋を渡ってきたところもあった。ラマスがアルゼンチンリーグ球団のHC職の任期が終わるまで日本に来ることができなかったため、来日は遅れた。彼が来てから代表はすぐにアジア杯へ入り、それが終わると選手たちはB.LEAGUEのシーズンへ向けてすぐに各自の所属先へ戻らざるを得なかったため、ワールドカップ予選までに新指揮官のバスケットボールを浸透させる十分な時間はなかった。

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 JBAは改革策として、シーズン中であってもB.LEAGUE所属選手を中心に数日間の合宿を毎月行ってきたが、本当にまとまった合宿を行う機会は2017-18シーズンが終了してから、上述の6月末のオーストラリア戦までの数週間の期間までなかった。

 連敗を「もどかしかった」と語る東野は、ラマスの来日が遅れることでなかなか成熟度をあげられなかった点について「反省」という言葉をつかって、振り返った。

 1次予選をある意味、劇的な形で突破した。だが、最後の2試合に「勝っただけ」でもある。その2試合には帰化したニック・ファジーカス(川崎ブレイブサンダース)と日本バスケの“希望”八村塁(ゴンザガ大)が加入したことが大きかったのも明らかだ。一方で、FIBAからの制裁解除後にJBAが地道に取り組んできたことの成果が見えてきたところもあった。

 2016年、リオ五輪出場へ向けての世界最終予選で惨敗した日本は、12月から総勢60名以上を招聘する合宿を行った。そこでは当時、JBAのテクニカルアドバイザーだったルカ・パヴィチェヴィッチ(現・アルバルク東京HC)の指揮の下、選手たちはピック&ロールやスペーシングといった世界のベーシックかつスタンダードな技術や戦術を叩き込まれた。

 しかし、どれだけ頭でそういったものを理解していても、実践できるかどうかはまた別の話だ。そのためには時間がかかる。積み上げていく必要がある。積み上げたものは、まだ十全にとは言えないが、Window3でようやく開花したと言えた。

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 パヴィチェヴィッチは当時、ラマスへの「つなぎ」の役割でもあった。東野曰く、それを承知しつつモンテネグロ人の彼は、目先の勝利ためにセットプレーを使うのではなく、あくまで合宿で継続して取り組んできたプレーを実戦で使うことに徹した。

 「ルカも、ラマスが次にやるのを知っていたから、セット(プレー)を全然入れていなかった。だから東アジア大会(17年6月、日本は4位で終わる)ではチャイニーズ・タイペイに負けたけど、彼はセットで勝ちに行こうとしなかった。インサイド、リバウンドをやらないといけなかったからです。だから僕は、ルカと佐々(宜央、当時男子日本代表ACで現・琉球ゴールデンキングスHC)にはお礼を言いましたよ」

 ラマスがようやく来日したものの、なかなか長期の合宿の期間がとれず、彼の色が代表チームで出てくるまでには時間がかかったこと、しかしそれがようやくオーストラリア戦とチャイニーズ・タイペイ戦で見えてきたことについてはすでに書いた。

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 東野が、オーストラリア戦で勝利をもぎ取ったラマスの手腕について興奮気味に振り返る。例えば、相手オフェンスが機動力のないファジーカスへアタックしてくることは織り込み済みでゾーンやチェンジングディフェンスを巧みに使い分ける。ラマスのそういった持ち札の多さについて東野は「経験がないとできない」と言葉に力を込めた。

 「いやあ、ラマスを連れてきて本当に良かったですよ」

 ラマスを招聘したことだけが2年間の積み上げではない。この間に、森高大や伊藤拓磨といったアメリカの大学で学んだ経験を持つ者たちをアシスタントとして据える一方で、長年NBAでスポーツパフォーマンスコーチを担ってきた佐藤晃一やスキルコーチに元ABA選手の大村将基といったスタッフも入れ、戦術だけでなく体づくりや細かい技術面からも世界基準で選手を強化してきた。

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 東京五輪出場という大きな目標(現時点で男子代表はFIBAから同五輪の開催国枠を与えられていない)がある。B.LEAGUEの試合数を減らしてでも合宿の期間を増やし強化を図るべきだ、などといった声もある。しかし、東野はその考えに与しない。レギュラーシーズンだけで60試合をこなすB.LEAGUEでプレーすることで、選手はタフになり、コンディショニングや身体について考えるようになったと強調する。

 タフさの面でも選手は世界標準にならねばならない、その状況をつくり出してくれるのがB.LEAGUEだ、と彼は信じる。

 無論、1次予選を突破したことを手放して喜んでいるわけではない。代表選手たちも、日本協会も、東野も「これがスタートである」と口にする。

 9月からはもう2次予選が始まる。9月のWindow4、11月末から12月頭のWindow5、19年2月のWindow6と各国それぞれ2試合ずつを戦う(日本はグループF)。恐らくはWindow5以降は、八村はゴンザガ大へ戻らねばならない。八村同様、日本バスケの至宝である渡邊雄太についても代表参加が叶うかどうかは現時点ではわからない。

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 東野は先般、ラスベガスでのNBAサマーリーグへ視察に飛んだ。渡邊と話したという東野は、同選手としてもワールドカップ予選で日本のユニフォームを身に着けて戦いたいという強い希望はあるとのことだが、現在NBA入りを目指す現状があり、どうなるかは何とも言えないと話した(東野への取材後、渡邊がメンフィス・グリズリーズと2ウェイ契約をしたことが発表されたが、本契約ではないので状況が見えないという点では変わらない)。

 余談になるが、206cmの渡邊が入ることで日本代表の高さが増す。東野は彼が加わることでリオ五輪参加チームと高さの面で遜色がなくなると話した(リオ五輪参加12チームの平均身長は約200cm)。とりわけファジーカス、八村、渡邊のインサイド陣を見ても、世界と伍するに十分なサイズと力がありそうだ。

 もし1次予選で日本が敗退していた場合、東京五輪出場に赤色に近い黄色信号が灯るところだった。もしそうなっていたら責任を問われるところだったが、とチャイニーズ・タイペイ戦直後、東野にぶつけた。ちょうど行われていたサッカーのワールドカップを例に、彼はこう返してきた。「世界ランク1位のドイツがグループステージで敗退したが、バスケットボールではああいったアップセットはまず起きない」と。番狂わせの少ないバスケットボールにおいて一朝一夕で強いチームはできない、努力を粛々と集積していくことが肝要なのだ、と。

 「責任の取り方も何を指しているのかわかりませんが、絶対に(五輪までは)続けてやろうと思ってました」

 ラマスの色が少しずつ出始め、ファジーカスや八村といった心強い選手が加入した男子日本代表。超えるべきハードルがまだいくつもあるが、そこも含めて彼らの戦いが楽しみだ。