ビーコルの永久欠番
元チームメイトが語った溢れる想い(前編)

2020年01月08日



文:大橋裕之/写真:©B-CORSAIRS/T.SASAKI(2012-13シーズン)、©B-CORSAIRS/T.Osawa

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海賊たちが背負った「3」と「13」
 横浜ビー・コルセアーズ(以下ビーコル)の背番号「3」と背番号「13」は、昨年11月16日にクラブ史上初めて永久欠番になった。前者はシューターの蒲谷正之氏の、後者はガードの山田謙治氏のユニフォームナンバーである(以下、敬称略)。2011-12シーズンにビーコルがbjリーグに参入してから、B.LEAGUE2年目となる2017-18シーズン後に2人が退団するまでの7シーズンに渡って背負っていた。フランチャイズプレーヤーとして、栄光を勝ちとったこともあれば、つらく苦しい時期を支えることもあった。そんな彼らは昨シーズン限りで現役を引退。ラストイヤーは他チームのユニフォームに袖を通したが、彼らなくして海賊たちのいまはない。

 現在、ビーコルで2人とともに戦った選手は田渡凌と竹田謙、ウィリアム・マクドナルドのみ。多くの選手が戦いの場を移したが、蒲谷、山田と過ごした時間は、彼らにとって大きな財産となっている。仲間たちから愛されていたことは想像に難くないが、今回改めて元チームメイトたちから、両選手の話を聞いた。もうそのユニフォーム姿を見ることはできないが、言葉の数々からビーコルが誇るレジェンドたちを振り返る。

&川村 大澤

仲間を支え、良さを引き出す
 蒲谷も山田も常に中心選手として、仲間たちと多くのコミュニケーションを重ね、どんな状況でもチームをまとめてきた。B.LEAGUEの初年度から2シーズンをともに戦った川村卓也(現シーホース三河)は「彼ら2人は常々、良いときも悪いときも、ベンチでもコートでも声をかけてくれました。やっぱり、悪いときに頭を下げるのではなくて、チームのエナジーを上げるために彼らは常にチームに声をかけて、各選手に声をかけて、ベテランらしい立ち位置で接してくれました」と明かす。

 そして今季、ビーコルでキャプテンを務める田渡も、「自信を持ってやること。ベンチに帰ったときには、よくそんな風に声をかけてもらいました。『いーよ、いーよ、ドンドン打っていけ』、『今こういうのが必要だから次に出たときは頑張れ』とか、負け続けたチームでも腐らず、声をかけてくれたことは、やっぱり僕の中でも大きくて、すごく成長できました」と話す。チームは2年連続でB2降格危機に直面したが、それを乗り越えることができた欠かせない要因であったと感じさせられる。

 また若手だった選手たちも、彼らの言葉に鼓舞され、成長の糧とした。川村と同じ時期に海賊だった細谷将司(現秋田ノーザンハピネッツ)は「自分の持ち味を出し続けろということは、2人からいつも言われ続けていました。悪いときも声をかけてくれましたし、僕の良さを引き出してくれる人たちだったので、それが間違いなく今に繋がっています」と振り返る。

&細谷 大澤

 そして、bjリーグ時代にビーコルがリーグ優勝した2012-13シーズンにルーキーだった河野誠司(現山形ワイヴァンズ)も、ピック&ロールの使い方など技術的な教えとともに、「2人から特に言われていたことは、“自分らしくプレーしろ”。自分(=蒲谷や山田)と同じプレーでなくていいから、おまえの得意なことをやれと言ってもらいました」と思い返す。

 ビーコルの練習生から本契約を果たし、移籍を経て、いまでは河野と同じ山形でプレーする岩田涼太も「ケンジさんには練習のときから、練習生とか関係なく、思い切りよくやっていいよと言われ、パスをくれたり、他の選手と同じように接してくれました」と語る。いまでは河野も岩田も山形になくてならない選手として活躍をしているが、2人の存在は大きく胸に刻まれている。

面倒見の良い司令塔
 海賊たちを束ねていた彼らであるが、もちろんそこには個々の人柄もにじみ出ていた。元チームメイトたちによると、山田は面倒見がよく、コミュニケーションに長けて、誰からも頼られていた。

 川村がB.LEAGUE1年目を迎えるにあたり三菱電機(現名古屋ダイヤモンドドルフィンズ)からビーコルへ移籍を決断する際に、2009-10シーズンのJBL時代に栃木ブレックスで初優勝をともに経験した山田がいたことも決め手のひとつだった。

 「ケンジは、公私ともに支えてくれたました。上手にチームとコミュニケーションを取らせてくれる立ち位置に彼はいてくれました。栃木のときも、横浜のときも、どんなときでも話を聞いてくれて、僕が切羽詰まったり、頭を抱えているときは、ご飯に誘ってくれたり、コート内外問わず、自分の話を聞いてくれました。そんな誰からも好かれる、誰からも頼られるケンジのスタイルは、自分のスタイルにしたいと思います。そういう選手と同じ時間を共有できたことで、自分が33歳という年齢になって、歳を重ねていくにつれて、あのときこういう想いで先輩たちは言っていたんだな、というのを身に染みて感じることがいまは多いです」。

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 またベテランの佐藤託矢(信州ブレイブウォリアーズ)も2017-18シーズンに山田とチームメイトだった。同級生であったが、一緒にプレーするのはその時が初めて。チームは2度目のB1残留プレーオフに直面した苦しい1年間であったが、山田の存在は大きかった。

 「プレータイムは多くなかったけど、出たときにしっかり自分のプレーをしている。バスケに対する取り組みや姿勢も考えているというか、ゲームプランも自分なりにすごい考えている選手なので、一緒にやっていて勉強になったなと思っています。積極的にいろんなアドバイスをくれました。コミュニケーションが取りやすい人間なので、すごく助けられたなと思っています」。

※後編に続く