世界最高峰を知る2人の名将は
日本に何をもたらすか

2019年12月11日



文:吉川哲彦/写真:佐賀バルーナーズ、B.LEAGUE

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“世界一”のスペインから来日
 日本が出場したことで注目を集めたワールドカップにおいて、スペインが優勝の栄誉を勝ち取ったこともバスケファンの間に広く知られることとなった。しかしながら、そのスペイン代表でアシスタントコーチを務めたルイス・ギル・トーレスがB3佐賀バルーナーズのヘッドコーチの任に就いていることはさほど知られていない。

 今シーズンからB3に参戦している佐賀は、開幕2戦目で初勝利を挙げると勢いに乗り、シーズンの6分の1を消化した第5節の時点で8勝2敗と好スタートを切った。その後は負けが込んで順位を落としているものの、シーズン序盤は同じく新規参入のベルテックス静岡やトライフープ岡山とともに中位に位置し、十分な存在感を示している。

 トーレスHCが佐賀で指揮を執ることになったのは、スペイン国王杯で佐賀のクラブ関係者と出会ったことがきっかけ。食事の機会を持った際に新しいクラブのプロジェクトの話を聞き、「24時間以内に即決しました」とのことだ。

 「自分のキャリアは、どういうプロジェクトの中でやるかということを重視している。私はB3リーグにではなく、バルーナーズの竹原(哲平)社長が掲げているプロジェクトに対してトライしようと思いました。B1かB2かといったカテゴリーは重要ではないのです」

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 いざリーグが始まると、トーレスHCは、「レフェリーやマーケティングなど、B3リーグもしっかりとオーガナイズされている」と感心したようだ。その中でバルーナーズの環境にも満足し、「B1にも匹敵するものを私たちは持っていると思う」と自信をのぞかせる。

 クラブとして成功を収めるためには、クラブを取り巻く環境と同等にチームの結果も重要であることは論を待たない。トーレスHCは、スペイン代表チームで培った“勝利の方程式”を惜しみなく佐賀に注ぎ込もうとしている。

 「戦術面はとくにディフェンスで、ワールドカップでやったものを日本人に合わせた形でやっています。これは抱えている選手によっても変わってくるものですが、かなり近いコンセプトで取り組んでいる。練習でもスタッフへの役割の与え方がスペイン代表と同じで、2人いるアシスタントコーチの1人にオフェンス、もう1人にディフェンスを担当させて、個々のテクニック向上を担ってもらっている。スカウティングに関してもスペイン代表と同じコンセプトを採り入れています」

 B2熊本ヴォルターズを3シーズン率いた保田堯之アシスタントコーチは、スペインでのコーチングという将来の目標に近づくために新天地を佐賀に求めた。トーレスHCがスペイン代表チームで担っていたディフェンスを任されていることもあり、保田ACは「まだまだ知らないことが多いと考えさせられました」と、その引き出しの多さに脱帽。世界のトレンドを先取りできていることに、「将来を読みながらバスケに関わっていられることが楽しい」とも語っている。

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 トーレスHCは、指揮を執る佐賀のみならず日本全体にもしっかりと目を向けている。B1や日本代表の試合を見たことがあり、代表のフリオ・ラマスHCとも、「良い関係を持っている」というトーレスHCは、今の日本代表が抱える課題について、やはり巷間言われているフィジカル面を挙げた。

「才能やスキル、戦術的なものは持っている。今3人ほどNBAに挑戦している選手がいるが、彼らはインターナショナルレベルで戦えるフィジカルを備えている。おそらくラマスHCも、世界で戦えるフィジカルを持った選手を作ろうとしているのだと思う」

 もちろんそれは代表チームだけでなく日本全体にもあてはまり、B1と比較してB3のフィジカルレベルが下がるのも事実。トーレスHCは抜かりなく、佐賀をフィジカルで戦えるチームに仕立て上げ、リーグ内でさらに存在感を高めていく構えだ。

 「スペイン代表のストレングスコーチから、フィジカル面に働きかけるプログラムを準備してもらっています。我々は新しいリーグでの挑戦になる。半数の選手はプロフェッショナルな経歴を持たないが、そのわりには良いポジションにいると思う。これからの試合を通じて高いレベルに持っていきたい」

“世界標準”を知る指揮官
 世界標準を知るという点では、トーレスHCにも劣らない経歴の持ち主がB2にいることも知っておきたい。今シーズン、バンビシャス奈良に赴任したクリストファー・トーマスHCは、NBAチームのアシスタントコーチやスロベニア代表のアシスタントコーチ、中国のプロチームのヘッドコーチなどを歴任し、まだ39歳ながらコーチとしてのキャリアは豊富だ。

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 奈良はbjリーグ時代から、ポストシーズン出場はおろか、勝率が5割を超えたこともいまだない。その奈良で指揮を執るにあたり、トーマスHCは2012-13シーズンから2シーズン在籍したNBAゴールデンステイト・ウォリアーズを引き合いに出す。

 「私が入る前のシーズン(2011-12シーズン)、ゴールデンステイトは完成されたチームではありませんでした。ステフィン・カリーはまだ若く、クレイ・トンプソンはルーキーでした。23勝(※ロックアウトの影響で全66試合)しかできなかったんです。我々がまずやらなければならなかったのは、彼らが勝者であることを納得させること、負けるメンタリティを変えることでした。今私がいるのは、それと同じ状況です」

 ゴールデンステイトは2012-13シーズンに47勝(※通常の全82試合)を挙げると、2013-14シーズンには51勝まで白星を伸ばしており、さらに2014-15シーズンには全30チームの頂点に立ってチームとしての黄金期を迎えた。優勝を果たしたシーズンはすでにトーマスHCはチームを離れていたが、「最も尊敬するコーチ」である当時のマーク・ジャクソンHCとともに土台を作った誇りは強く持っている。そして今、奈良でも同じように取り組んでいるところだ。

 「この12人には、『必ずできる』ということを言い続けています。奈良のメンタリティを変えることは簡単ではないが、こういう状況を打開するために私が学んできたことを信じてやり続けることが大事。正しいことを続けていれば、素晴らしい結果が返ってきます。どの国にいても、NBAだろうがB2だろうがバスケットボールはバスケットボール。大事なことは同じです。ゴールデンステイトでよく使われていたのは『JUST US』というフレーズ。まわりにいる人、ハドルの外にいる人の意見は関係なく、我々の目標に対してフォーカスし続けるということです。その哲学は奈良でも変わりません」

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 アーリーカップではB1滋賀レイクスターズを撃破し、B2のシーズン突入後も開幕直後は黒星がかさんだものの、11月から12月にかけてクラブ新記録となる7連勝をマーク。得点力の高い外国籍選手に頼らない形が整いつつあり、今後の台風の目にもなりそうな勢いだ。

 そして佐賀のトーレスHCと同じように、トーマスHCにも日本の印象を尋ねてみると、予想以上にポジティブな反応があった。

 「ワールドカップも見ましたが、ナショナルチームのレベルはまだ不十分ながらこの国のバスケットは良い方向にいくと思っています。過去と比べて、B1もB2も選手のスキルは成長していて、特にポイントガードは良い選手がたくさんいる。1つ伝えたいのは、日本でプレーしたいと思っているアメリカ人選手がたくさんいるということ。NBAで2度優勝し、ユーロリーグでも優勝を経験したジョシュ・パウエルは引退する前に日本に来たいと言っていたし、昨シーズン日本でプレーしたカール・ランドリーとも少し話をしたのですが『B2でもすごく楽しかった』と言っていました。奈良は立派な社長とスタッフがいて素晴らしい組織だと思うし、他にも素晴らしいクラブがあるのを日本の皆さんは見ていると思う」

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 ワールドカップで世界との差を痛感したものの、2人の名将が日本のバスケットのベクトルが正しい方向に向かっていることは間違いないと太鼓判を押している。世界の最先端で結果を残してきた彼らの力で、そのスピードが加速することを期待してやまない。