岐路に立ったB3企業形態クラブ
いざネクストステージへ

2019年06月04日



文:吉川哲彦/写真提供:大塚商会越谷アルファーズ / 東京海上日動ビッグブルー / B.LEAGUE ⒸB.LEAGUE

越谷002

 他の多くの競技がそうであったように、バスケットボールもかつては実業団がトップリーグを構成していた。その後Jリーグが爆発的な人気を得たことでバスケット界にもプロ化の機運がにわかに表れるものの進展はなく、完全プロリーグとして日本バスケットボール協会から独立したbjリーグの誕生など、紆余曲折を経て現在のB.LEAGUEに至る。

 協会傘下のリーグであったJBLとその後のNBLは実業団クラブを核としたリーグの形を継続していたが、B.LEAGUE発足に伴い多くの企業クラブが完全プロに移行。しかし、NBDLのうち選手の大部分がいわゆる“社員選手”で構成された4クラブはプロ・アマ混合のB3リーグに参戦し、その形態を維持したままだった。

プロ化への舵取り
 3シーズン目となる2018-19シーズン、その企業クラブに2つの大きな動きがあった。1つは大塚商会アルファーズのプロクラブ化だ。かねてからホームゲームを開催してきた埼玉県越谷市をホームタウンとし、昨年7月には越谷市との間に支援文書が交わされた。越谷市内に運営会社のオフィスを構え、チーム名も越谷アルファーズ(正式名称は大塚商会越谷アルファーズ)に変更。今シーズンはホームゲーム30試合中18試合が越谷市内で組まれた。

 運営会社の代表を務める浅井英明は、ストリートボールのメジャートーナメント「HOOP IN THE HOOD」を主宰する人物。その浅井がアルファーズと越谷市を引き合わせ、越谷市立総合体育館での試合開催を実現する架け橋となったのが事の発端だ。

 「大塚商会は東京のクラブだったんですが、東京都内は体育館が取れない。それで自分のところに相談がきていろいろあたってみた結果、越谷市のバスケットボール連盟にご協力いただけることになりました。まずはプロの興行を理解していただくことから始めないといけなくて、ひな壇の客席を組むことにも抵抗があったところから1つずつ検討してもらいながら、越谷市施設管理公社との関係を深めていきました。それで公社から市のほうにも良い話がいったということになると思います」

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 HOOP IN THE HOODで試合運営の経験を重ねてきている浅井も、クラブ代表となれば慣れない業務がほとんど。大塚商会から運営会社に身を転じたフロントスタッフも含め、プロクラブの運営はほぼ未知の世界と言っていい。7人という決して多くはない社員数で多岐にわたる作業に追われる中、浅井が心がけているのは公私のメリハリだという。

 「日本のスポーツ業界ってブラックなイメージが強いと僕は感じているんです。それを払拭したいというのもあって、まずは仕事をしっかりやって、私生活も充実させてくださいということを社員には言っています。もちろん犠牲にしていることがまったくないと言えば嘘になりますが、自分の時間も大切にしてほしい。語弊のある言い方かもしれませんが、仕事もプライベートも楽しくやっているつもりです」

“プロ”&“社員”の融合
 チームに目を向けると、帰化申請選手枠のジョシュ・ペッパーズを含む外国籍選手3人と日本人選手3人の計6人がプロ契約選手として在籍。その他の日本人選手は大塚商会に籍を置く社員選手のままプレーしている。一般のサラリーマンと同様に平日は業務に従事し、残業をこなすこともしばしば。水曜日だけは極力集まるようにしているとのことだが、それ以外の曜日はプロ契約の6人だけで練習することもあったそうだ。

越谷 鳴海
 移籍2年目の鳴海亮は過去にプロ2クラブでプレーし、越谷でもプロ契約を結んでいる。キャリアのスタート地点となった新潟アルビレックスBBでは、指の骨折をおくびにも出さず試合に向けて準備する選手の姿からプロとしての意識の高さを学んできたという。そんな鳴海の目に、二足の草鞋を履く選手の姿はどう映っているのか。

 「普段なかなか練習できない分、できる時に集中してやろうとか、来られる時にどれだけ質の高い練習ができるかというモチベーションがある。しっかり取り組もうという姿勢が見えるので、そこは僕も刺激を受けています。ただ、あまり一緒にできないのでプレーを合わせられない、チームプレーの構築が難しいというのはやっぱりあります」

 一方で、同じプロ契約選手でも長谷川武は社員選手に妥協を許さず、勝利にこだわる姿勢を示す。2月10日の岩手ビッグブルズ戦に敗れた際は、あまりの不甲斐なさに「仲良しクラブじゃないんだぞ」とチームメートを一喝したという長谷川。

 「僕は嫌われてもいいんですよ。それでみんなが動けばいいと思って怒っている」と勝負の厳しさをチームメートに伝える役割を担っているようだ。

越谷 長谷川

 B2昇格を視野に入れていた越谷は、第1回のライセンス発表では財務面の確からしさという点で継続審議となったが、B.LEAGUEからスタッフが週1回クラブに出向いて指導を行った結果、4月9日のリーグ理事会で無事B2ライセンスが付与された。あとはチームの成績次第だったが、ファーストステージを制したもののレギュラーシーズンでは3位に甘んじ、ファイナルステージでも東京エクセレンスを上回ることはできず、3ステージの合計勝ち点は2位。ただし、B2でライセンス不交付クラブが現れたことによって総合1位の東京EXが自動昇格となり、越谷にB2・B3入替戦出場という絶好機が巡ってきた。

 そして5月12日、越谷は昨シーズンまで同じB3でしのぎを削った八王子ビートレインズとの入替戦に臨み、11点リードの残り1分50秒からさらにリードを22点まで広げる見事な試合運びで快勝。プロクラブ化初年度のシーズンで見事にB2昇格を勝ち取った。

越谷 ベンチ
 青野和人ヘッドコーチは入替戦後の会見で「可能な限り今のメンバーで」と語った。B2はプロ契約選手が最少で5人(外国籍選手含む)という規定があるため、現状の編成でも戦うことは可能だが、B2の舞台で戦う上で5対5の練習が満足にできない状況は憂慮されるところ。フロントとしては当然補強も考えなければならないが、ポテンシャルのある若手はもちろんのこと、ある程度社歴の長くなってきた中堅組からも、B2昇格の余勢を駆ってプロに転向する選手が現れることを期待したい。

「コート内プロ宣言」の矜持
 企業形態クラブのもう一つの大きな動きは、越谷とは対照的な動きだ。3シーズン目の今季を最後にB3リーグを退会し、地域リーグに転籍する東京海上日動ビッグブルー。第1回日本リーグに参戦するなど長い歴史を持つ東京海上日動は、3つあるステージのうちレギュラーシーズンのみの参戦だが、B3参戦1シーズン目の2017年には既にリーグ退会を検討していたといい、来シーズンの3クラブ参入が早い段階で決定的となっていた状況下、これ以上の負担増で参戦を継続するのは難しいという判断に至った。

 日本人選手全員が社員選手である東京海上日動は、越谷と同様に平日の練習に選手が集まりにくい状況。キャプテンの吉川治瑛によれば、「お恥ずかしい話なんですが、全体練習は毎週水曜しかやっていなくて、それでも2、3人集まるかなという状態」と、平日に一度もボールに触れないまま週末の試合に臨む選手が多いとのことだ。

東京海上 吉川

 昨シーズンまでプロとしてプレーしていた一色翔太は、茨城ロボッツ退団後に入社した企業からの出向で東京海上日動に勤務し、再びプレーの場を得た。いざチームに加わってみて、「仕事しながらバスケをしているイメージはありましたが、ここまで仕事してるんだと思いました。みんな本当によく頑張ってると思います」とその環境の厳しさを実感したというが、その中で勝ちきることはできなくても東京EXや越谷と接戦を繰り広げた試合もあったことに、一色は手応えも感じていた。

 「リーグ全体を見てもB3のレベルは高いと思いますし、我々もB2のチームと試合をしても遜色ないと感じます。日本人だけで戦う時間帯も高さの部分以外は十分やれている。あとは大事なところで落ち着いてプレーできるかどうかだと思います」

 他クラブの躍進もあってチームは白星に恵まれず、重ねた黒星は35個。しかし、B3での最後の試合となった3月17日の鹿児島レブナイズ戦でついに勝利を挙げた。B3で過ごした3シーズンの試合数はちょうど100。1割にも満たない勝率だったが、その100試合目を白星で締めくくることができた。

 吉川は大学卒業時にプロクラブからの誘いを受けながらも、「長い目で見た時に、バスケだけで食べていくという選択はできなかった」と東京海上日動を選んだ。チームのエースガードとして存在感を見せ、「B3ならプロとしてもやっていける自信はある」と語る吉川だが、自身が選んだ道に間違いはなかったと確信し、今後も仕事とバスケットの両立を続ける。

 「入社した時は歴史のあるチームとは知らなかったんですが、B3退会のニュースが出た時に、いろんな方からご連絡をいただいて、本当に歴史があって多くの方に応援されているんだなと実感しました。このチームでプレーできることは本当に幸せです」

 その吉川が唯一残念に思うのが、埼玉ブロンコスでプレーする弟の治耀と対戦できないこと。「彼にはよりレベルの高いところで頑張ってほしいですね」と、自らと対照的にプロの世界に飛び込んだ弟にエールを送る。

東京海上ベンチ001

 B3での最後の試合を終えて2カ月余りが経った5月、東京海上日動は早くも開幕した地域リーグの初戦を勝利で飾った。その2週間前にB2昇格を決めた越谷と道は分かれたが、いずれもバスケットに賭ける情熱を今後も見せ続けてくれるはずだ。