「いつも通り」、「当たり前」のニックが
チームにもたらす“安定感”と“安心感”

2018年07月10日



文:永塚和志/写真:大澤智子

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 ニック・ファジーカスの口癖と言ったらいいだろうか、よく出てくる単語やフレーズがある。例えば、obviously(当然ながら)。例えば、sort of、あるいはkind of(いずれも「いわゆる」)。当人には失礼ながら、たいていにおいてそれらは彼の口癖でしかなく、さしたる深い意味はない。しかし彼のコート上での存在意義は、とてつもなく大きい。

 FIBAワールドカップ2019 アジア地区1次予選。男子日本代表はWindow3で2連勝を飾って次ラウンドへの切符を無事手にした。6月29日のオーストラリア戦では歴史的勝利。続く7月2日のチャイニーズ・タイペイ戦では前回(Window2)、1点差で敗れた相手に40点差の大勝を収めた。

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 ファジーカスの残した数字は、オーストラリア戦が25得点、12リバウンド。チャイニーズ・タイペイ戦は32得点、11リバウンド。いずれの勝利もファジーカスがいなければ得難い結果だった。3Pシュートを含めた多彩で巧みなシュート技術による得点力。そして高さとポジション取りの上手さによるリバウンド。日本代表に長年なかったものをもたらした。大げさに言えば、救世主が現れたのだ。

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 もっとも、普段からB.LEAGUEを見ている人にとっては当たり前の働きであるかもしれない。勝利したオーストラリア戦について、「今日はどういう気構えでチームに貢献しようと考えていたのか」。そう尋ねるとファジーカスはB.LEAGUEのシーズン中もそうしているように、落ち着いた口調でこう答えた。「自分を本当に止められる選手などいない──。どの試合でも僕はそういうアプローチで入っている。今夜の試合も、相手のロスターを見て、自分の得意な形にもっていけば得点できるし、リバウンドだって取れる。チームを助けられる。そう思って入ったし、実際そうすることができたと思う」。

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 オーストラリアのFIBAランクは世界10位でアジア地域ではトップ。今回の試合にはNBA選手のマシュー・デラベドバとソン・メイカー(ともにミルウォーキー・バックス)が加わり、ファジーカスはビッグマンの後者とマッチアップする場面もあった。穏やかな話しぶりとは裏腹に、強い、確固たる気持ちで相手と対峙していたのだ。

 日本へ来て6年。所属する川崎ブレイブサンダースを2度優勝に導くなど常勝軍団へと変え、自身もMVPや得点王といったタイトルを手にしてきた。これまで日本のトップリーグでプレーした外国籍選手の中でも最高の一人であることに異論の余地はない。

 そんなファジーカスが「外国人」の枠から外れた。それ以前から噂は出ていたが、4月末、彼が帰化したという報が突如舞い込んできた。それは川崎にとってのみならず、日本代表にとっても明るいものだった。

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 ファジーカスがもたらしたものは、一言で言えば「安定感」だ。川崎と日本代表でチームメイトの篠山竜青はチャイニーズ・タイペイ戦後、ファジーカスがインサイドにいることでチームに落ち着きが生まれるが、それはこれまでの日本代表にはなかったものだと話した。「これまでは頼れる人がいなかった。今は本当に頼れる人がいるのだから頼らないと」(篠山)

 まだ日本代表のワールドカップ予選としては2試合をこなしただけに過ぎないが、この2試合を見ていてファジーカスが頼もしいのは、ただ試合を通して安定した仕事をしてくれるから、というだけではない。相手に流れが行きかけた時にそれを寸断してくれるところにもそれを感じさせる。

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 オーストラリア戦、9点のリードで後半に入った日本代表は3Q半ばで相手に逆転を許してしまう。しかし、そこからファジーカスが8得点を挙げて再度主導権を取り戻している。チャイニーズ・タイペイ戦でも同じく3Qにオフェンスのリズムをつかみかけた相手に対して、フックショットなど小憎らしいほどの技で勢いを相手に渡さなかった。

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 精神的にも成熟した33歳。審判と喧嘩しても仕方がないと言わんばかりに、例え判定に不安があったとしても笑っていなす度量がある(彼がファウルトラブルに陥るとチームが窮地に陥るため、川崎ではあまりディフェンスはせず半ば「免除」されているかのようではあるが)。ただし、コート上では主力の一人としてリーダーシップを発揮する。元サッカー女子日本代表のスター、澤穂希氏は「困ったら私の背中を見なさい」と言ったそうだが、ファジーカスもチームメイトに対してそういった声をかけるそうだ。

 大差の勝利で終えたチャイニーズ・タイペイ戦。試合後の彼は特段興奮するわけでもなく、のんびりとした普段どおりの彼だった。「嬉しいよ。なんとか(1次予選突破という)目標達成だね」。

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 息をつく間もさほどないまま、9月からは2次予選が始まる。

 当然ながら、1次予選を勝ち抜いてきた国々との対戦となるが、かなり大変な試合の連続になるのではないか。そう聞くとファジーカスは「そんなことはないよ」とケレン味のない口調で答えた。「僕らは2連勝したわけだし、しかもオーストラリアを破ったわけだから自信に満ちている。自分の存在も、他の選手が自信を持ち続ける一助になればと思っているよ」

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