残留プレーオフの悔しさを胸に
復帰2年目、竹田謙の再挑戦

2017年07月03日



文:吉川哲彦/写真:©B-CORSAIRS/T.Osawa

竹田謙

  5分ハーフの残留プレーオフ第3戦も含めた65試合のうち、欠場したのは3試合のみ。どの選手にとっても未知の領域となる試合数を、38歳の竹田謙は乗り切った。入替戦の直後に「今までも毎年濃いシーズンだったけど、今シーズンはとにかく長かった。特に5月は来週も試合、また来週も試合という繰り返しだったので」と語ったその表情は安堵感に満ちていた。横浜ビー・コルセアーズで迎えた現役復帰1年目、昨年9月末の開幕から8カ月にも及んだ長いシーズンがようやく幕を閉じた。

2シーズンのブランクを経て復帰
 実は、横浜ビー・コルセアーズから最初に受けたオファーはアシスタントコーチとしてのオファーだった。しかし、Wリーグのデンソー アイリスでアシスタントコーチを務めているうちに「またコートに立ちたい」という思いが頭をもたげてきていた竹田は、「プレーヤーでお願いします」と返答。リンク栃木ブレックスでJBL制覇を経験し、日本代表にも選ばれた実績等をチーム側が考慮した結果、竹田は2シーズンのブランクを経て現役復帰を果たすこととなる。

 開幕当初こそ自身のイメージに体が追いつかず「自分の体じゃない感じ」だったが、試合を重ねるごとにかつてのキレのある動きを取り戻し、プレータイムも伸びていった。シーズン終盤はスターターに名を連ね、最後の入替戦では約18分の出場で12得点。チームのB1残留に大きく貢献したことは疑いようもない。初めて竹田のプレーを見た人は誰も、背番号25が38歳とは思わなかったであろう。17-05-28_34_osawa

 ただ、入替戦に出場したことからもわかるとおり、チームとしての成績が思わしくなかったことは事実。特に終盤は、自身のコンディションと反比例するようにチームは急降下。JBL時代の新潟アルビレックス(チーム名は当時)でチームメイトだった青木勇人ヘッドコーチが契約解除されるという厳しい現実にも直面した。「その頃は連敗が続いていて大変だったので、そのことを気にしている場合じゃなかった」と本人は言うが、互いにコーチを務めていた前シーズン中も連絡を取り合っていたという青木がいなくなったことは、試練の状況に追い打ちをかける出来事だったはずだ。

 しかし、過去にプレーした14シーズンの中でも今シーズンは「最後の1カ月は今までにない厳しさだった」と語る一方、「苦しかったのがバスケットの部分だったからまだ良かった」とも言う。過去にシーズン途中でのチーム解散という苦渋を味わったこともある竹田にとっては、プレーできる喜びのほうが大きかったようだ。

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手ごたえと悔しさが生み出すエナジー
 そして6月26日、チームの新体制発表会見で、契約更新選手としていの一番に壇上に上がったのが竹田だった。「最初に出てきたので間違えられないようにしたいんですが、今年も選手でやらせていただきます」と笑いを誘うコメントから入ったが、「多くのメンバーが残って、残留プレーオフを戦った悔しさを持ったまま7月からの練習に入れば、それが良いエネルギーになってチームも良くなっていくと思う」と新たなシーズンを見据えている。

 シーズン途中にアソシエイトコーチとしてチームに合流した古田悟は「練習の段階から競争意識が足りなかった」と振り返る。来たるシーズンはヘッドコーチとして、激しいディフェンスから走るチームを作る意向。やや年齢層の高いチームにとっては体力的に厳しい戦略だが、古田は「入替戦の広島戦でも、年寄りながらも(笑)あれだけ走ってくれた。39歳になるが、これ以上伸びないとは思っていない」と、チーム最年長の竹田に大きな期待を寄せる。

 苦しみつつも「戦力になれると思えた」シーズンを経て、復帰2年目を迎える竹田。「先のことはわからない。引退した時に現役復帰は絶対にないと思ってたのに、今こんなことになってるんだから」と言うものの、まだ当分の間はコートを走り回る姿を見ることができるだろう。少なくとも9月からの新シーズンは、悔しさを晴らすべく今まで以上のハッスルプレーを見せてくれるはずだ。

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